つづきでーす。↓ 1981年3月13日に 生まれたルドルフ。 デビューわ 1983年7月23日 新潟競馬場※1 新馬1000㍍戦。 騎乗→岡部幸雄※2 歴代の三冠馬の中で 一番デビューが早かったそうです。 もちろん結果わ一着! レースを振り返って 岡部さんわ 【1000㍍のレースで 1600㍍の競馬を覚えさせた】 ↑?(・ω・)?と思うでしょ? その後牧場で みっちり休養&調教! (ルドルフわ野平厩舎に預けられていたけど 調教&調整わシンボリ牧場で行なわれていた) ↑外厩と言う。 勿論野平厩舎でも調教わ行なわれてて この頃の調教助手がなんと! 藤沢和雄(現・調教師)さん。 すごいよね~(・ω・)!※4 そして2戦目の10月29日の いちょう特別(今年から重賞に) もちろん1着! この時の岡部さんも 【1600㍍のレースで2400㍍の競馬をした】 またしても、、?(・ω・)? そしてー これわオーナーの和田共弘氏 (以降→和田さん)が 岡部さんに指示したこと。 そう! そしてー ルドルフわ見事に それをやってのけた。 頭良すぎでしょ!!Σ(・ω・ノ)ノ アーンド 未来を見据えてのこと、、( *‘0‘*)! ルドルフもスゴいが やってのける岡部さんや 指示した和田さんもスゴい! そして王道路線なら 朝日杯3歳ステークスへ!※3 (今でゆー 朝日杯フューチュリティーステークス(G1)) 2歳王者を決めるレース! が! あえてそれを選択せずに 11月27日の一般オープン戦に! ここでもオーナーの和田さんが この日わジャパンカップ(G1)当日! 昔わ外国馬が沢山来てて 日本馬わ歯が立たなかったの! 勝ち馬の外国馬ばっかり、、 【外国馬の関係者に ルドルフを見てもらおう! 日本にもこんな馬がいるんだぞっ!】と。 そして数年後に見事優勝するのですが それわまた後で!笑。 もちろん3戦目も一着! 一着わもはや当たり前(*´ω`*) ここから休養に入ります。 年明け初戦が 皐月賞トライアル 弥生賞★ 3ヶ月ぶりのレース 体重が+18㌔! 太めが残った? 久々だが大丈夫か? こんな声が飛んだが、 心配もなんのそので やっぱり一着! 出走権を獲得して 本番の皐月賞に向かいます(*´∀`*)/ ※1 この当時わ素質馬 (2歳から強いと期待される馬)わ 北海道デビューが多かったの。 (札幌競馬場など) ルドルフわ新潟デビュー (当時わ期待されてなかった?)と 色々噂されたけど実際わ あまりにも馬の出来が良く デビューが早まったため。 そしてー 美浦(←みほと読む。(茨城にある))から 北海道に行くよりも新潟の方が 負担が少ないし、 ルドルフの兄 【シンボリブレンド】わ デビューがダートだった為に その後気性難になり まともにレースが出来なかったために ルドルフにわ芝で デビューさせたかったとゆー 思いもあった為だと。 (昔の札幌競馬場わ芝がなかった!) ※2 実わルドルフに騎乗するのわ 柴田政人ジョッキー(現・調教師)だったの! (↑ルドルフの兄姉の主戦騎手だった為) がっ! ※1で説明したとおり デビューが早まり 夏の新潟を主戦にしていた 岡部ジョッキーに手綱が渡った。 柴田さんわ北海道にいた。 これも運だよねー(´∀`;)! ※3 昔わ今と歳の数え方が違ってて 昔の3歳わ今の2歳のこと。 お馬さんわ生まれて 12月から1月になると 歳が1つ増えます。 ※4 ルドルフの調教をやる際わ 常に藤沢さんが乗ってたが あんまりにも野平さんが 気持ちよさそうにルドルフに乗る為 控えるよーになったとゆー エピソードがある!笑。 そしてクラシック一冠♪ 【皐月賞】へ=3 つづきまーす(*´▽`*)/