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日記

母の泪③

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いえろ~さん

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実父が失踪後。


イロイロなもの、住宅ローンとか。
保証人が母方の祖母の兄弟、つまり母の伯父。
こういうのもあり母は実家にだいぶお金を工面してもらった。
こういう事があり母は兄弟と疎遠になった。


祖母は母が若かりし頃。貯金もせず好きなもの一つ買わず。
実家の建て替え、兄弟の学費の為。給料全てを入れた母を思い。
お金は返さなくていいよ、と言ってくれた。
遺産相続というか、その位の権利はあると言ってくれたらしい。


私の結婚式、その後息子が産まれ祖母と会ったのが最後。


昔の兄弟が多い時代の事。
母の妹達、私にとっては叔母にあたるけれど。
母が家の為に働きお金を入れてた事。
近所の人ですら長女である母が家の為に、と知ってたのに。
自分の夫の事で金銭面では嫌な思いはさせたけど。
自分達の学費や住んでた家の改築費用が母によるものが大きい。
コレを感謝どころか当然というか理解もしてなかった。



ただ私の母、お母さんは。
長女だけど非常に大人しく控えめな性格。
若い頃、給料全部を家に入れる事。
むしろ『当然の事』と思い尽くしていたそうだ。



決定的な事は私達親子が実家に転がり込み数年後。



祖母は叔母と二人暮らしだったが認知症に。
特養に入所したが、その頃は母は私達親子の事で手一杯。
結果的には妹達から『会いに来るな』宣告を受ける。



3~4年前かな?
コレが最後の面会なったがお母さんはおばあちゃんに会った。



9月亡くなった事を知らされた。
正直、和気あいあい家族とか、仲良し親子。
元々こういう感じじゃなかったし、私もお通夜すら出席迷った。


けれど長女である母がいかないのは、ね。
あと家族葬だし、父も(母の再婚相手、今の父)
もちろん私も焼き場まで行って見送らないと後悔するよ?って。


お母さん、3年前から発作性めまい症を患い。
キモチの悪さが常に付き纏い具合悪い状態が続いてた。
で、体重もマックス時より15㌔以上痩せてしまっている。
おかげで糖尿病はいい数値になったけど。


こういう自分の体調不良に強い不安感があり。
一人で居られない、電車乗れない、一人で外出出来ない現状。
だからお通夜も自分の体調に不安感が襲い掛かっていた。


私、息子、父は母の付き添いで家族葬へ。
でも、妹達、私の叔母達は母のやつれ具合に言葉がなかった。


行きの車で母は具合悪くなったらどうしよう。
明日は申し訳ないけど行けない…イエロー頼むわね。
などと言っていたが。


おばあちゃんの顔を見た。


途端、母の泪が溢れ止まらなかった。


『お母さん…なにもしてあげられずゴメンね。』


祖母にそう言いながらずっと泣いてた。


私ももらい泣き、叔母達ももらい泣き。


『どうして、こんなにも悲しいんだろう』
そう言いながら、しばらくの間泣いてた母。


私は申し訳なくてね。
自立出来ない私達親子を優先してくれたお母さんに。
だから、面倒を見ること難しいって言ったばっかりに。
自由に面会も行けず数年間会わず最後を迎えさせてしまった事に。


今年の夏はしきりにおばあちゃんとこ行かなきゃ。
こう、つぶやく事が多かった、母。
でも具合悪くて行けないうちに今年は不幸が立て込んでたりで。


葬儀で最後の対面となってしまったから。


親子って幾つになってもどういう事があっても親子なのだ。


改めて、そう、思った。
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