究極の自己満足は人それぞれの『幸福感』ではないでしょうか。 好きな人の側にいるだけで幸せと感じる人(バット的な?)もいれば、力付くでも好きな人を自分のものにしないと幸福感を得られない人(シン的な?)もいる。 ドラえもんものび太以外の誰かが使用すれば世界を終わらせる事が出来るのです。 個人の幸福感は絶対に他人とは共有出来ない究極の自己満足だと思うのです。 お金がなくとも今日生きられる事に日々感謝をする人もいれば、有り余る金を手に入れながらもまだ足りないと渇望する人もいる。 5連で満足する人もいれば10連で終わって台パンする人もいる(ぁ 結婚がゴールと捉える人がいるが、結婚はあくまで人生のイベントの一つであって、幸せの終着点ではない。 離婚大国の日本なら尚更です。 結婚して子供が出来れば幸せかと言えば、子供がいなくたって幸せな人もいるし、子供が出来たために不幸になる人もいる。 ただ一つ言えるのは、自分が幸せになろうとしているかしていないかでこの『幸福感』は大きく変わるという事。 結婚を終着点と考えていたら、その後の生活に絶望するだろうし、結婚が新しい人生のスタートと考えれば幸福感は持続するだろう。 ちなみに幸福感はベクトルを合わせる事は出来ても、完全に共有は出来ない。 そのため深く繋がる、夫婦間、親子間ではズレが生じやすい。 結局、どちらかが譲歩する事で夫婦、親子としての『幸福感』は保たれるのかなと思います。 まぁ、何が言いたいかって、何かを手に入れるという事は何かを犠牲にしていかなければいけないって事。 仮に全てを手に入れながら生きてみても、まだ足りないとなるのが人間の脳の原理。 …でお前はどうなんだ?って? ええ、まぁ自分、義の星に生まれたようで、家族に関しては自分の幸せ=嫁の幸せ、子供の幸せと考えれちゃうベンリーシステムみたいです(にやり まぁそれでもいつか『ズレ』は生じるんだと思いますが。 とりあえず人生はまだまだ長いので今考えてる『幸福感』は今後変わるかもしれませんがね(ぇ そういうのも含めて人間って凄い生き物だなと感じる今日この頃です(にやり